中野剛志に学ぶ 新自由主義の問題点

中野剛志に学ぶ 新自由主義の問題点



新自由主義とは

 中野剛志氏は、新自由主義の意義を、以下のとおり解説します。

「新自由主義とは、簡単に言えば、『自由市場こそが、資源を最も効率的に配分し、経済厚生を増大する最良の手段である』という信念の下、政府による市場への介入をできるだけ排除し、経済活動の自由をできる限り許容すべきであるとするイデオロギーである。その理想を実現するため、新自由主義者は、『小さな政府』『均衡財政(健全財政)』『規制緩和』『自由化』『民営化』さらには『グローバル化』といった政策を主張する。」

新自由主義の理論的背景

 中野剛志氏は、新自由主義の背景には、ハイエクやフリードマンなどの、新古典派経済学の理論があると解説します。

「その背景には、フリードリヒ・フォン・ハイエクに代表されるリバタリアニズム(個人の消極的自由、すなわち「~からの自由」を最大限に尊重する自由主義)や、ミルトン・フリードマンに率いられた主流派(新古典派)経済学の理論があると考えられている。」

保守と新自由主義の共闘・一体化

 中野剛志氏は、冷戦期に、社会主義に対抗し資本主義を擁護する必要性から、保守と新自由主義者が共闘するようになり、最終的には保守と新自由主義が一体化するに至った経緯について、解説します。

「戦後は、世界恐慌の経験に立ち、政府が需要を管理するケインズ主義の考え方が主流となった。また、労働市場や金融市場に対する規制や、福祉国家といった制度により、経済成長と経済的平等の両立が図られていた。これに対し、ハイエクやフリードマンら新自由主義者たちは、ケインズ主義や福祉国家といった『大きな政府』は、経済を非効率にし、個人の自由を侵害するものであると批判した」

「1970年代にスタグフレーション(インフレーションと不況の同時発生)が起きると、ケインズ主義や福祉国家といった考え方に対する信頼が揺らぎ、新自由主義の影響力が急速に強まった。1970年代末から80年代にかけて、イギリスのマーガレット・サッチャー政権、アメリカのロナルド・レーガン政権、日本の中曾根康弘政権など、新自由主義にのっとった経済政策を実行する政権が相次いで成立したのである。ここで、保守と新自由主義が結びつくことになる。」

「冷戦期においては、社会主義に対抗して、資本主義体制を維持するのが『保守』であるとされていた。その資本主義を支える正統教義が新自由主義になるならば、保守が新自由主義と一体化することになるのは、当然の帰結であったと言えるだろう。」

新自由主義の拡大

 
 中野剛志氏は、冷戦終結後も、保守と新自由主義の共闘関係は解消されないまま、新自由主義が勢力を拡大していったと解説します。

「ところが、奇妙なことに、1990年代以降、冷戦が終結したにもかかわらず、保守は、新自由主義との結託を解消しなかった。それどころか、日本の保守勢力は、いっそう色濃く新自由主義に染まっていったのである。例えば、橋本龍太郎政権や小泉純一郎政権は、新自由主義の教義にほぼ忠実にのっとって構造改革を断行し、グローバル化を推進した。とりわけ小泉政権は、その過激とも言える新自由主義的な構造改革によって、国民の高い支持を獲得し、自由民主党の勢力拡大に成功したのである。」

新自由主義による保守の死

 中野剛志氏は、本来は、保守と新自由主義は相容れないものであり、新自由主義との結びつきにより、保守は存在意義を失ってしまったと解説します。

「新自由主義が信奉する自由放任の市場は、保守が元来重視してきたものを例外なく破壊していくものである。市場において、企業は合理化への終わりなき競争へと突き進むが、それは雇用を不安定化し、従業員の間の一体感を喪失させる。個人の選択の自由の拡大は、家族や共同体における安定的な人間関係を自己実現の場とする伝統的な価値観を棄損する。」

「こうして新自由主義は、保守の中に侵入し、保守の存在意義を消滅させてしまった。」

新自由主義による資本主義の破壊

 中野剛志氏は、新自由主義は、資本主義をも不安定化させる。日本の低成長も、新自由主義のもたらした無残な結果のひとつ、と解説しています。

「問題は、それだけにはとどまらなかった。新自由主義は、資本主義をも不安定化し、そして破壊してしまったのである。ケインズ主義は、需要を管理し、失業の撲滅を目指すものであったが、新自由主義は、市場メカニズムが機能すれば失業の問題は解決するとして、ケインズ主義の無効を宣言した。そして、経済成長の水準は供給側によって決まるから、規制緩和や減税によって、企業活動を活発化させるべきだと主張した。また、金融市場も自由化して、効率化させるべきだとして、金融規制の緩和を唱えた。さらに、新自由主義者は、福祉国家による所得再分配や社会保障は、個人の自由を制約し、労働意欲を阻害するものだと批判した。むしろ、能力のある人々の努力がより大きく報われるようにすれば、経済全体が成長し、彼らの創出した富の恩恵が最終的には貧困層にも及ぶはずだと主張したのである。だが、1980年代以降、こうした新自由主義のイデオロギーにのっとった政策は、無残な結果をもたらすことになった。」

「アメリカの新自由主義の後を追って、構造改革に逼進した日本も、同様の結果を招くこととなった。1997~98年の金融危機以降、日本の実質賃金は低下に転じ、低賃金の非正規労働者が増大した。2002年から06年までは、好景気であったとされるがその間も実質賃金の低下の趨勢は変わらず、国内消費は低迷し続けた。」

「結局、新自由主義がもたらしたものは、低成長と異常な格差の拡大、そして資本主義の不安定化であった。」

まとめ

 中野剛志氏は、

①新自由主義の背景には、ハイエクやフリードマンなどの新古典派経済学の思想がある
②保守と新自由主義は、本来的には相容れない立場である
③冷戦期、社会主義に対抗し、資本主義体制を擁護するため、保守と新自由主義者が共闘するようになった
④共闘の結果、保守勢力に新自由主義者が深く侵入し、保守は新自由主義が一体化した
⑤新自由主義は、資本主義をも不安定化する無残な結果を生み、日本の低成長の原因となった

と主張しています。

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