小室直樹博士に学ぶ 経済学の歴史と限界

小室直樹博士に学ぶ 経済学の歴史と限界



無限波及効果を分析できてこその社会科学

 どちらが原因でどちらが結果であるかわからない、すべてがすべてに相互連関しあっている社会現象は、原理的に実験はできません。もし、これを無視して因果関係に短絡すると、たいへん大きな誤りを犯すことになる。社会の一カ所におきた変化は、たちまち相互連関の網の目を伝わって、社会全体に影響をおよぼし、無限の波及効果をおこす。

 これを読みぬけてはじめて社会科学は科学と呼ぶにふさわしくなるのですが、たとえていえば、碁の名人が十手先、二十手先を読めるから名人といわれるように、学問も一手、石を置いて全局を見きわめるくらいに深まらなければ本当ではありません。

 経済学は一般均衡論によってはじめてこの任をはたし、最先進科学の栄誉をになうことができるようになりました。

経済学の歴史

 相互連関関係と無限の波及過程を分析する一般均衡論の完成には、ワルラス、パレート、ウィクセル、カッセル、ヒックス、サムエルソン、アロー、デブルーにいたる人々の系列により、約八十年間かかってつくりあげられたものでした。

 ワルラス以前の経済学は、ご存知のようにアダム・スミスからはじまり、リカード、ミル、ピグーにいたる古典派経済学でありました。古典派経済学の説くところは、一言でいえば、レッセ・フェール、すなわち、各個人が勝手に私利私欲を追求していけば、結果として社会全体がうまくいき、最大多数の最大幸福が実現するのだ、という、神の見えざる手によって導かれる予定調和説でありました。古典派は、一九二0年代にはじまった大恐慌で、英国では八百万人という大量の失業者が巷にあふれるのを眼前にしながら、なんらの有効な救済策を考え出すことができず、没落しました。

 ケインズは、「失業の原因は有効需要がないからだ。そのためには、ピラミッドをつくればよいではないか。さもなければ、穴を掘らせて、またそれを埋めさせよ。それで失業が救済されるのだ」と説き、一般均衡論の発端をつくりました。経済を解釈するだけで、これになにものも与えなかった古典派経済学から、政策立案に直接参画し、社会になにものかを与えようとする経済学へと変身しました。
 
 これと並行して、サムエルソンとヒックスの努力によって経済学は、ユークリッド、ニュートンにひきつづいて、人類のもった三大完全理論に加えられるにいたりました。

経済学の3つの前提とその限界

 それでは、この一般均衡論は実証されたのでしょうか。あまりにもリファインされた理論のすべてを実験するのは困難です。

 たとえば、物理学でも相対性原理における重力波の法則は、つい最近まで実験できなかったように、一般均衡論も理論の一部、とくに素朴な部分しか実験されていません。この実験は日本では経済企画庁のような経済官庁をはじめ、あらゆる官立の研究機関、民間の研究所、大学などが厖大なデータを集めて分析に協力していますが、いろいろ実験しにくい原因があります。この実験しにくい原因こそが、一般均衡論が完全理論に到達するために支払った大きな犠牲でありました。

 それでは、一般均衡論はどのような犠牲を支払って最先端理論となったのでしょうか。それは極度の単純化によって償われました。

一、経済人の仮定
 経済人(economic man;homo okonomikus)とは、人間が純粋に経済的な行動しかしないと仮定したモデルであります。消費者は効用を極大にすることを求め、生産者は利潤を極大にすることを求めるものと仮定します。

二、分離可能性の仮定
 経済現象をそれと密接な関係にある政治、社会、文化現象から分離して、独立におこり、推移するものと仮定しました。

三、変数、数量化の仮定
 経済的変数をすべて量で表わすことができるものと仮定しました。

 このような極度の単純化を行なった理論は、たしかに資本主義社会の本質をするどくついていて、発達した資本主義社会の高度成長期には威力を発揮しました。しかし、あまりにも条件の異なった社会では適用が困難となります。

 たとえば、そこに住んでいる人々の勤労のエトスがちがっていて、人々は最大の効用を求めて一生懸命に働くのでなくて、その日のわずかな糧を得れば労働をやめてしまうというような伝統的社会である発展途上国では、前提が成立しません。
 
 またジャガイモの価格も政治的に決定する社会主義国では、分離可能性の仮定が成り立ちません。

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