マインドフルネスから仏教瞑想へ①

マインドフルネスから仏教瞑想へ①

 ここ数年、マインドフルネス瞑想が流行しており、書店で多数の書籍をみかけます。

 この瞑想法は、分子生物学の博士号を持つ米国マサチューセッツ大学医学大学院のジョン・カバット・ジン教授(1944年6月5日~)が、仏教瞑想から着想を得て、そこから宗教色を取り除いて医療用に開発したものです。

 ストレスが低減される、心が落ち着く、リラックスできる、集中力が高まる、創造性が向上する、抑うつを改善する、良質な睡眠がとれるようになる、自律神経が整う、よく眠れるようになる、など様々なメリットが期待できます。
 近年は、アップル、グーグル、フェイスブック、インテル、マッキンゼーなど多くの企業が研修に取り入れるようになり、ビジネスシーンでも着目されるようになりました。

 瞑想でも昼寝でも、脳をすっきりさせれば、仕事が効率的になるのは間違いないですから、生産性向上を追求し続ける企業が採用するのも当然といえば当然ですね。

 ところで、アメリカ人が仏教瞑想を医療やビジネスに活用するにあたり、仏教色を排除したほうが親しみやすくなり、気軽にできるのは理解できます。
 しかし、日本人がやる場合に、仏教色を排除する必要があるでしょうか?

 日本人には、キリスト教やイスラム教などへ義理立てしなければいけない人は少ないはずです。

 日本人の心は、自分が仏教徒とは意識しなくとも、仏教色でいっぱいです。言語も、思考方法も、行動様式も、伝統芸能や文学作品のような文化まで、あらゆる面に、諸行無常をはじめとする仏教的価値観が影響しています。そうした素地のある日本人ならば、マインドフルネスより、仏教色を強めた瞑想をしたほうが、より得るものは大きいのではないでしょうか。

 ということで、マインドフルネス、そしてそこから一歩進めて仏教瞑想の基本をみていきたいと思います。

まずは、マインドフルネス

 マインドフルネスとは何でしょうか?
 日本マインドフルネス学会は、

 「本学会では、マインドフルネスを、“今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること” と定義する。 なお、“観る”は、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、さらにそれらによって生じる心の働きをも観る、という意味である。」

 と定義しています。

 今、現在を、観じ続ける、というわけです。

 具体的なやり方としては、

①姿勢を正し、背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、目を閉じるか、視線を半眼で斜め前に落とします。
 座り方は、椅子に座っても、正座でも、足を組んでもかまいません。立っても問題ありません。

②呼吸に注意をむけます。呼吸をコントロールせず、自然なままの呼吸を観察します。特に深呼吸を意識的にするようなことはしません。
 呼吸によって、お腹や胸がふくらんむ感覚に注意を向けながら、吸っている感覚、吐いている感覚に注意を払い続けます。

③雑念で妄想などがわき、注意がそれたことに気づいたら、また呼吸に注意を戻します。
 
 そうしていると、今現在、現実に起きていることだけに、意識が集中されていきます。

 ジョン・カバット・ジン教授は、仏教のヴィパッサナー瞑想瞑想を学んで、この手法を開発しました。仏教には、「大念処経」など、呼吸に集中する修行法を説く経典がたくさんあります。ヴィパッサナーというのは、日本の仏教では「観」といい、日本でも「随息観」など同様な観法は古くからあります。
 

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