後藤真希さんの不倫報道

後藤真希さんの不倫報道



後藤さんの不倫

 2019年3月14日発売の週刊文春3月21日号で、元モー娘。の後藤真希さんの不倫が報道されました。

後藤さんの経歴

 後藤さんは1985年9月23日生れ。現在33歳。

 1999年モーニング娘。に13歳で加入。加入直後に発売された「LOVEマシーン」でセンターポジションを務めて同曲のヒットに貢献。同年11月にはモーニング娘。のグループ内ユニット「プッチモニ」に参加し「ちょこっとLOVE」を発売しミリオンセラーとなった。
 
 2014年建設現場で働く3歳年下の男性と結婚。2015年2月22日、一般男性と挙式。同年12月に第一子(長女)を出産。2017年3月に長男を出産しています。

不貞行為の内容

 不貞行為の相手のB氏は、派遣社員。8年前に数か月ほど後藤と交際したという元交際相手。

 2018年1月ころから、SNSを通じB氏に結婚生活の愚痴などを話すようになった。
 2018年5月22日、2人きりで会うことになった。ららぽーと豊洲で、午前10時から映画デートを実行。カップルシートで体を密着させ、その場で手をつなぎキスをした。そのまま、タクシーを拾い不倫相手が宿泊しているアパホテルに行きその場で性交渉。続いて、翌23日の朝にも性行為を行った。同日は、カラオケボックスに行き、ボックス内でもキスやハグをしたという。

 さらに、2018年6月23日には、後藤さんが「ラブホテルに行ったことが無いから行きたい」と持ちかけ、午前10時30分に錦糸町のホテルKで待ち合わせて性交渉をした、とのことです。

 週刊文春によれば、上記は、後藤さんの夫が不倫相手の男性を相手取り提起した慰謝料請求訴訟の裁判記録に記載されている情報とのこと。ららぽーと豊洲・アパホテル・カラオケボックスの件は後藤さんの陳述書に記載されており、錦糸町のラヴホテルの件は不貞行為の相手方の陳述書に記載されている、とのことです。
 

発覚の経緯とDV疑惑

 後藤さんの夫が、不倫の相手方に対して330万円の慰謝料償請求訴訟をしたところ、裁判は公開のものであるため、週刊誌の知るところとなりました。もっとも、本件の内容からすれば、通常であれば原告側弁護士は、後藤さんの芸能活動に致命的な影響を与えないように、訴訟記録の閲覧謄写に一定の制限をするよう、民法92条の申立てをするものと考えられます。従って、週刊文春の記者が、裁判所における閲覧手続きによって、私生活についての重大な事実が赤裸々に掲載された陳述書の開示を黒塗りなしに受けられるとは考えにくいものがあります。従って、この陳述書を含めた裁判書類一式を、当事者の一方が週刊誌に持ち込んだ可能性が考えられます。

 なお、裁判では、相手方のB氏は、後藤さんから、夫のDV等により婚姻関係は破綻していたとの説明を受けていたとして、証拠として後藤さんの脚や腕の写真が提出されている、とのことです。

後藤さんからの発表

 後藤さんは、自身のブログ上に不貞行為を認め以下のコメントを発表しました。

美しい映画のようなゴマキの不倫

 ガテン系の旦那、地方で派遣社員をやっている不倫相手、ららぽーとで映画デート、錦糸町のラヴホテル、どこまでも庶民的です。出自以上の生活をしたいという上昇志向をまるで感じません。13歳で国民的知名度を獲得したアイドルが、30歳を過ぎて、夫との関係も上手くいかなくなり、不倫相手に「ラヴホテル行ったことがないので行ってみたい」などというのは、そのまま美しい映画になりそうな話です。

 訴訟では、後藤さんの夫は金330万円を求めています。不倫の慰謝料に相場はありませんが、一般的には、裁判でそれほど高額になることはありません。不貞のあった期間なども考慮されます。何年も配偶者に隠れて不倫をしていれば、その分重くなりますが、後藤さんの不倫期間は1ヵ月程度のようです。判決まで行ったとしても、100万円を超えることはなく、おそらく50万円程度でしょう。夫の、不倫相手を許せない気持ちも理解できなくはないですが、この訴訟で後藤さんの夫が得られるものに比べて、それにより後藤さんが失ったものは、あまりにも大きいように思えます。

 吉澤ひとみさん「未熟さを自覚」



吉澤ひとみさん 未熟さを自覚



吉澤ひとみさん 未熟さを自覚

 2018年9月28日、元モーニング娘。の吉澤ひとみさん(33歳)が、芸能界を引退する意思を表明しました。

 吉澤さんは、道路交通法違反と自動車運転過失致傷の罪で起訴され、昨日(同月27日)に保釈されたところです。

 吉澤さんの所属事務所ジェイピィールーム株式会社は、同社ウェブサイト上で、「吉澤ひとみに関するご報告」として、

「本日、弊社は所属タレントの吉澤ひとみより、芸能界から引退したいとの申し入れを受けました。この申し入れを受け、吉澤ひとみと弊社で締結された専属マネージメント契約を本日付けで解除致しました。弊社と致しましても、今回の事件の社会的影響の大きさを強く認識しており、本人と面談し、その意向を確認したうえでこの結論に至りました。デビュー以来18年、この間にお世話になった関係者、ご声援くださったファンの皆様には、このような結果となり、誠に申し訳なく感じております。心よりお詫び申し上げます。また、今後は社員、所属タレント一同、再発防止に、より一層注力して参る所存でございます。2018年9月28日 ジェイピィールーム株式会社」

 と吉澤さんの引退と、専属芸能契約の解除を発表しました。

 加えて、吉澤さんの署名の入った、

「私、吉澤ひとみは、この21日間独りでこれまでの人生を振り返り、
自分自身と向き合う中で、自分の弱さと未熟さを自覚しました。
今回の私の行動は、決して許されることではありません。
なにより、怪我をされた方々に深くお詫びを申し上げます。
そして、一日も早く回復され、元の生活に戻れる事を心から祈っております。
今後は自分が犯した罪を償い、一社会人として母として恥ずかしくない行動が
できるよう、一歩一歩進んで参ります。
また、今まで18年間お世話になった芸能界からは引退致します。
今回の件で、ご迷惑をおかけした全ての関係者の皆様にも心よりお詫び申し上げます。
今日まで応援し支えて下さったファンの皆様、ご支援いただいた皆様には、
裏切るような結果となってしまったこと、本当に、本当に申し訳ございませんでした。」

 との文章を発表しました。

 引退の意思は、現在の偽らざる心境でしょうが、執行猶予が明けたら、時々顔を見せてほしいですね。

 後藤真希さんの不倫報道

石田ゆり子 一度は誰かの奥さんに…

石田ゆり子さん 一度は誰かの奥さんに…

 美人で女優の石田ゆり子さん(48歳)が、映画「コーヒーが冷めないうちに」の宣伝のため、連続してテレビのバラエティーやトーク番組に出演し、現在の心境や人生観等を語りました。

憧れのシチュエーション

 2018年9月21日に放送された、TBS系「ぴったんこカン・カン」では、MCの安住紳一郎アナウンサー(45歳)を相手に、男性との憧れのシチュエーションを語っています。
 
 石田さんは、安住アナをラフな服装に着替えさせ、夜の中目黒でラーメン店を訪問。

石田:「真夜中に、大好きな人と、普段着で、ラーメン屋さんに、ふらっと来るっていうのが、とてもかなわない、なかなかかなわない、私のあこがれのシチュエーションなんですよ」

安住:「なんかもう明日にでも実践できそうな気がしますけど」

石田:「意外とハードル高いんですよ」

と語り、学生のような若々しい感性を見せました。

結婚について

 2018年9月22日に放送された、阿川佐和子さん(64歳)がMCを務めるトーク番組「サワコの朝」に出演。

 美人でありながら、結婚歴がなく独身であることが注目されることが多い石田さんは、阿川さんに「(結婚)したいんですか?」と問われ、

石田:「あの、一生のうち、一度は誰かの奥さんになりたいとが思ってます」

阿川:「なぜ?」

石田:「なんかこう一度も誰かの妻にもならず終わっていうのは、ちょっと寂しいなっていう意識は正直あります」

と述べました。

 他方、
 
「常に人がそばにいるのがだめなんですわたし」 

「ずっーと人がそばにいると本当になんか頭がおかしくなりそうっていうか…、一人になりたいって思ってしまうんです」

と述べながら、

「私ももう40代がもうすぐ、あと1年くらいで終わるんですけど、さすがに人生を考えると言うか…」

「まあ、ここまで独身だったらもういいかと腹をくくりだしたところでもあったんです」

「その気になればいつだって結婚できるでしょっ、みたいなことよく言われるんですけど、そんなことはない。そこまではおごってない」

と、複雑な心境を語りました。

アシリパと不死身の杉元の移動距離

 -上は、TVアニメ『ゴールデンカムイ』公式 @kamuy_anime Twitter

ゴールデンカムイを楽しむ② 

アシリパさんと不死身の杉元の移動距離

 アシリパさんと不死身の杉元は、北海道を、馬や徒歩で移動していますが、一体どれくらい歩いているのでしょうか。

 現在の自動車道に沿って、小樽編(第一巻)から網走編(第14巻)までを検討してみます。

 移動距離は、北の道ナビ(国立研究開発法人土木研究所 寒地土木研究所)で、高速道路利用なし・距離優先により算出しました。
 
 距離は、その自治体の市街地からの市街地への距離になります。


①小樽市 → 札幌市 39km
  
 第50話「春雷」で小樽を出発し、第51話「殺人ホテルだよ全員集合!!」で札幌に到着します。

 このときは、白石に「やっと着いた」、杉元「時間かかったな」と言わせていますが、その後の道中と比べると、とても短いですね。

 実際には、小樽の西側の山からスタートしているのでプラス5キロメートルはありそうです。


②札幌市 → 苫小牧市 65km
  
 第55話「鰊七十郎」で白石がススキノの遊女から刺青の囚人の情報を得て、日高方面に向かうことにします。 

 第60話「誑かす狐」で、苫小牧の勇払のコタンに立ち寄り、インカラマツに出会います。


③苫小牧市 → 新冠町 78km
 
 第62話「替え玉騎手キロランケ」で白石が狐に化かされた後、第63話「モンスター」で日高に到着します。
 
 日高地方は広いですが、エディ・ダンのモデルと思われる実在のエドウィン・ダンが新冠町に牧場を作っていますので新冠までとしました。


④新冠町  → 夕張市 115km
 
 第70話「アムール川から来た男」でエディ・ダンから夕張の「奇妙な入れ墨の皮」の情報を聞きつけ、第73話「女の季節」で夕張に出発し、第77話「まがいもの」で夕張に到着します。
 
 ここは、地図の印象より遠いのではないでしょうか。

⑤夕張市 → 月形町 62km
 
 第82話「二階堂」で夕張を出発し、第86話「昔の話をしよう」で「樺戸までもうすぐ」の偽アイヌコタンに到着します。このコタンはもう月形町に到着しているものと思われます。
 

⑥月形町 → 深川市 59km
 
 第92話「変装」で白石が捕まったことを永倉新八から聞かされ、第93話「カムイコタン」では深川に到着しています。


⑦深川市 → 旭川市 29km
 
 第93話「カムイコタン」で、皆が白石のことは「まあ…いいか…」と考える中、杉元だけが「いや…俺は助けたい」といい、第95話「似ているもので」で旭川に到着しています。


⑧旭川市 → 釧路市 287km (三国峠経由) 
  
 第99話「飛行船」で旭川を出発。第107話「眠り」で釧路に到着。

 作品上、最大の大移動です。

 ただし、旭川市の第七師団から、上川町の層雲峡の柱状節理(パウチチャシ)を通過するあたりまでは、40キロメートルほど飛行船で進んでいます。

 ラッコ鍋を食べた後、北へ向かいます。


⑨釧路市 → 標茶町 49km
  
 第117話「網走へ」で釧路を出発し、標茶町の塘路湖に到着。ここで屈斜路湖の入れ墨の囚人の情報を得ます。

 標茶町の市街地までは49kmですが、塘路湖はそれより手前なので、作品では、釧路から北に30キロほどとなっています。


⑩標茶町 →  弟子屈町 26㎞
 
 第119話「コタンコロカムイ」で標茶町の塘路湖を出発し、弟子屈町の屈斜路湖に到着します。

 弟子屈市街地から15キロほど北なので、「塘路湖から北へ約60キロ」となっています。

 温泉のサービスシーンのあと、杉元らは都丹庵士と戦います。


⑪弟子屈町 → 北見市 85km
 
 第124話「思い出の写真」で弟子屈町の屈斜路湖を出発し、北見市に到着します。北見市で、谷垣源次郎がふんどし姿の写真を撮影し、そのまま網走に出発します。


⑫北見市 → 網走市 58km
 
 第125話「実りの季節」で目的地の網走監獄に到着します。
 
 アシリパさんはのっぺらぼうがアチャであることを確認。ウィルクと杉元は尾形百之助に撃たれ、インカラマツがキロランケに刺され、舞台は樺太編に移行していきます。

まとめ

 総距離を合計すると、952kmの旅路になりました。 

 高速道路で、東京-山口間が約940km、東京-青森間が約714kmですから、大変な距離ですね。

 自動車ですべての聖地を巡礼するのは難しそうです。

アシリパさんのコタンとアイヌ人口

ゴールデンカムイを楽しむ① 
アシリパさんのコタンとアイヌ人口

 2018年10月、アニメゴールデンカムイの第二期がスタートします。

 冒険、アクション、グルメ、明治の北海道、アイヌの文化など見どころの多いこの作品を楽しむために、当時のアイヌの状況を少し検討してみました。

アイヌの人口

 明治時代、北海道のアイヌは、どの地域に、どのくらいの人口がいたのでしょうか?
 
 明治22年(1889年)の調査の結果が、以下のとおりです(出典は「あいぬ風俗略志」、村尾元長、北海道同盟著訳館、1892年)。

石狩   950人
(内訳) 
 札幌  403人
 上川  199人
 樺戸   52人
 雨竜   59人
 夕張   20人
 石狩   54人
 厚田    6人
 浜益  157人

後志   709人
(内訳)
 高嶋   59人
 忍路   70人
 余市  235人
 古平   49人
 美国   12人
 積丹   46人
 古字   37人
 岩内   32人
 磯谷    6人
 歌棄    2人
 寿都    6人
 嶋牧   27人
 瀬棚   67人
 太櫓   50人
 久遠   11人

渡島   208人
(内訳)
 爾志    8人
 茅部  200人

胆振  3521人
(内訳)
 山越  258人
 虻田  500人
 有珠  470人
 室蘭  183人
 幌別  245人
 白老  569人
 勇払 1010人
 千歳  286人

日高  5806人
(内訳)
 沙流 1640人
 新冠  635人
 静内 1616人
 三石  396人
 浦河 1148人
 様似  313人
 幌泉   58人
 

十勝  1528人
(内訳)
 広尾  176人
 当緑   45人
 十勝   49人
 中川  626人
 河西  455人
 河東  167人
 上川   10人

釧路  1615人 
(内訳)
 足寄  110人
 川上  265人
 阿寒  236人
 白糠  422人
 釧路  435人
 厚岸  147人
 

根室   448人
(内訳)
 根室   93人
 野付  144人
 標津  120人
 目梨   91人
 

千島   539人
(内訳)
 国後   36人
 色丹   63人
 振別  100人
 択捉   76人
 紗那  173人
 蘂取   91人

北見  1134人
(内訳)
 斜里  164人
 網走  210人
 常呂  107人
 紋別  294人
 枝幸  154人
 宗谷  157人
 礼文   12人
 利尻   36人

天塩   287人
(内訳)
 中川   17人
 上川   49人
 天塩   55人
 苫前   47人
 留萌   84人
 増毛   35人

 合計すると、1万6745人(男8261人、女8484人)です、

 アシリパさんの時代、明治30年代になっても、大きな増加はなく、「1万7500人を超えた年は稀」(「アイヌ政策史」日本評論社、高倉新一郎、1943)とのことです。

 このような状況下、和人の入植は進み、北海道の人口は、明治34年には100万人を突破、大正9年の国勢調査の際には236万人に増加しています。

アシリパさんのコタンはどこ?

 このアイヌ人口調査は明治22年(1889年)のものです。

 日露戦争が終わったのが明治38年(1905年)の9月。二百三高地で活躍した主人公・杉元佐一が北海道に来たのは、この後ですから、この人口調査は、ゴールデンカムイの物語の16年ほど前のものです。

 後志の高嶋というところは、現在の小樽市の一部です。

 江戸時代から松前藩が場所を開き、文化4年には天領になるなど、古くから、和人が出入りしている土地でした。小樽市街地の西側の山の方になります。後に高島町になり、昭和15年に小樽市に編入されています。

 ゴールデンカムイのもう一人の主人公アシリパさんのコタンは、小樽の周囲ですから、この高嶋にあると推定されます。

 高嶋より西の忍路(おしょろ)の可能性もありますが、物語上、小樽の市街地に相当近く見えますので、高嶋が有力と考えられます。

 アシリパの父ウィルクと、その同志キロランケは、明治14年(1881年)、15歳のころ、サンプトペテルブルクで皇帝アレクサンドル2世を暗殺し、樺太を経由して、北海道に逃げてきました。
 明治22年(1889年)には、もう北海道に流れ着いていると考えてよさそうです。
 明治37年から明治38年(1904年~1905年)ころ、キロランケが第七師団に徴兵され、二百三高地で工兵をしたのは、38歳ころになるでしょうか。

 キロランケニシパは、アシリパさんとコタンは違いますが、距離的には近いようですから、高嶋の別のコタンか、その西の忍路(おしょろ)あたりに家があるようです。

 このように考えていくと、上記調査の高嶋の59人もしくは忍路の70人のうちに、アシリパさんの母や、父のウィルク、祖母のフチ、そしてキロランケ一家がいることになりそうです。

アイヌ人口の分布

 アイヌは、大半が北海道南部に住んでいました。この調査でも、南側の海に面した胆振・日高・十勝・釧路地方に1万6754人のうち1万2470人が住んでいます。このため、物語上でも、フチの兄弟姉妹は北海道の南部、胆振の勇払(インカラマツと出会うコタン)や、日高の新冠(親分と姫と出会うコタン)、釧路(ラッコ鍋を食べるコタン)に住んでいます。

 公益社団法人北海道アイヌ協会が、現在、アイヌとしての民族意識を持つ人を調査した結果は、総数が1万6786人です。そののうち、同じく胆振・日高・十勝・釧路に住む人を合計すると1万3797人となり、約130年後も、ほとんど同じ分布状況になっています。ただし、アシリパさんのコタンがある後志地方は0人になってしまいました。


(「公益社団法人北海道アイヌ協会」ウェブサイトより)
 
 小樽周辺のアイヌは少数派であるところ、将来、アイヌを導く者になるアシリパさんとしては、人口の少ない地帯の出身であることが、足かせになるかもしれません。

旭川第七師団

 上記人口調査では、上川という地名が複数あり混乱しますが、石狩の上川が現在の旭川市です。

 旭川の第七師団の創設は明治29年(1896年)です。このアイヌ人口調査は、明治22年(1889年)の調査ですから、旭川はまだ、開拓がはじまってもいません。

 明治24年に旭川市永山に屯田兵が入って、旭川の本格的な開拓がはじまります。

 アイヌは、アシリパさんのように狩猟もしますし、軽い農耕もしますが、基本的には沿岸部に住む漁業民で、内陸部にはあまり住みません。内陸部に集落があるところは、湖があるとか、鮭の遡上地の川沿いなど漁業ができるところです。

 旭川は、明治22年ころは、数名の和人と、この調査の「石狩の上川」のアイヌ199人が(約300人という調査もあります)、鮭が遡上する河川沿いに居を構え、狩猟や軽い農耕をしつつ、鮭漁を中心に生活していたほかは、広大な樹海地でした。
 それが、10数年後のゴールデンカムイの物語の世界で、第七師団のある軍都として描かれる大きな都市になっています。

 ゴールデンカムイで描写される北のウォール街小樽の発展ぶりといい、明治のダイナミズムってすごいですね。

 国策として投資して、小さな港町の小樽や、上川の樹海の中に、10数年で大きな都市を作り上げる。そこで生まれる経済効果は、絶大なものがありそうです。

 戦後の日本は、東京一極集中政策で高度経済成長をすすめ、成功しました。しかし、バブル崩壊後は、ダイナミズムが失われているにもかかわらず、同じ政策を続け停滞しており、投資効率に疑問を感じます。東京五輪後は、東京への過剰投資を見直し、国の活力を取り戻したいですね。

 

落語をはじめて聴く

落語をはじめて聴く

はじめての落語 

 はじめて落語をCDやYOUTUBEで聴いてみたいと思ったが何を聴いたらよいのか…、という方はけっこう多いのではないでしょうか。

 前提知識がない分野だと、最初の選択が難しいものです。結局、つまらないものを聴いてしまい、縁のないまま終わってしまうことも…。

 そこで、おすすめすべき、落語家や演目を、検討してみたいと思います。

Ⅰ 戦後の名人から入ってみる方法

 落語が、まるごと一席に、きれいな音で録音が残されるようになったのが、昭和の半ばからです。
 戦前の名人も、録音は残っていますが、きれいな音声で長い尺の録音はありません。
 このため、この時代に名人と言われた人たちの音源が、現代落語のオリジンのようになっています。
 ここから聴き始めると、大きな失敗はありません。
 音楽でいえば、とりあえず、ビートルズから入ろう、というようなアプローチになります。
 もっとも、音楽と違い、伝統芸能の落語なので、60年前の音源でも、「ずいぶん昔の古いのを聴いてるな」という感覚はありません。落語ファンなら、今でもその時代の録音を日常的に聴いています。

 このアプローチで候補にあがるのが、

 ①(八代目)桂文楽
 ②(五代目)古今亭志ん生
 ③(六代目)三遊亭圓生
 ④(五代目)柳家小さん

の四人です。

 好き嫌いを抜きにしても、完全に定評のあるビッグネーム、押しも押されぬ大名人です。大名人の芸ですから、琴線に触れる可能性も高いでしょう。
 この4人から入れば、軽薄だねとも、マニアックだねとも、変なところから入ったなと言われることもありません。もし、言う人がいたら、その人が変わり者ですから、無視して問題ありません。
 
①八代目桂文楽(1892年11月生~1971年12月没)
 
 緻密で無駄がなく、流れるように語り、迫力があり、引き込まれます。分かりやすいギャグはなく、馬鹿々々しくて大笑いするようなものではありません。昭和のはじめの落語好きが、これこそ江戸っ子の粋な芸として受け入れられた芸です。正直、はじめて落語を聞いて、ピンとくるようなものではないかもしれません。ここから入って、「あまり面白くないな」、と思うのは残念ですので、最初はおすすめしません。落語が好きになってから聴くと、この良さがわかるんじゃないかな、という人です。

 聴く場合は、「明鳥」「心眼」「つるつる」などがおすすめです。

②古今亭志ん生(1890年生~1973年没)

 落語といえば、この人というほど有名な人です。
 ビートたけしは明らかに影響を受けていますし、松本人志をはじめ、現役の多くの芸人が聴いています。
 普通に面白いですので、志ん生から入るのは一つの手だと思います。

 注意点としては、1961年(昭和36年)に病気で倒れてから口調が聴き取りにくくなっていますの。初心のうちは、病気前の音源を聴くようにお勧めします。
 演目は、玄人筋やプロの落語家や評論家が、「黄金餅」「二階ぞめき」「お直し」などが素晴らしいとしているのを、よくみかけます。
 個人的には、「替り目」「富久」などがおすすめです。

③六代目三遊亭園生(1900年生~1979年没)

 志ん生で、今一つピントこなかった、という場合、こちらがおすすめです。
 落語の馬鹿々々しい滑稽味の部分がいきなりでは入ってこないタイプかもしれませんので、物語性の強い人情噺の部分から入ったほうが、落語が好きになるとっかかりになるかもしれません。

 独特の節まわしで、流れるように語り、その癖のある語りが心地よく聞ければ、物語グングン引き込まれハマると思います。

 「淀五郎」「ねずみ穴」「子は鎹」がおすすめです。

④五代目柳家小さん(1915年生~2002年没)
 
 上の3人より若く大正生まれになりますが、若くして売れたことから、こちらに入っています。
 落語家初の人間国宝で、2002年まで存命であったため、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。
 滑稽話のが上手い人です。
 癖が少ないので、それが聴きやすく感じるタイプにはいいかもしれません。逆に、癖の少なさが、退屈に感じる可能性もありますので、初めてには向かないかもしれません。

 「粗忽長屋」がおすすめです。

Ⅱ 昭和・平成の名人から入ってみる方法

 次に、検討するのが、「Ⅰ 戦後の名人」、の弟子世代になります。
 明治・大正生まれではなく、昭和生まれの名人たちです。
 現代性が上がりますので、こちらのほうがとっつきやすいというタイプの人もいると思います。
 
 この世代からは、 

①(三代目)古今亭志ん朝
②(五代目)立川談志
③(十代目)柳家小三治

を候補にできます。

 この3人は、好き嫌いはあれども、評価は固まっているのではないでしょうか。もちろん、「誰々を入れるなら、誰々も入れろ」といような話はあるでしょうが、誰かを外せというのは、ちょっと定石から外れそうです。

①古今亭志ん朝(1938年生~2001年没)

 古今亭志ん生の息子です。
 スター性があり、上手で、明るくて、楽しく、完全性の高い芸です。まずは、ここから入ってみるのが、良いのではないかと思います。
 煩い落語ファンでも、この人を認めてない人はいないと思います。 

 演目は、「文七元結」「堀之内」がおすすめです。

②立川談志(1936年生~2011年没)

 柳家小さんの弟子です。
 落語の評論家としても一流ですし、世相や落語に対する見解・切り口なども面白く、この人から入ったほうがいいというタイプも多いかと思います。 
 好き嫌いがある人ですが、そういう部分がとっかかかりになって、面白みを感じるかもしれません。

 若いころの録音が、とても早口なのに聞き取りやすく、本当に面白いです。
 晩年は、究めすぎたのか、ややこしいことを言い、変わったことをするので、初心のうちは、ただただ楽しめる若いころの録音がおすすめです。

 演目は、「らくだ」「へっつい幽霊」がおすすめです。

③柳家小三治(1939年生~)
 柳家小さんの弟子で、立川談志の弟弟子にあたります。
 現代的であり、それでいて昔風でもあり、飄々ととらえどころがない部分もあり、一聴して才気のほとばしりを感じる上の二人とは、また波長の違う滑稽味を出しますので、こちらが合うという人もいるかもしれません。
 
 演目は、「味噌蔵」「小言念仏」がおすすめです。

 
3 別のアプローチ
 絶対的な名人から入るというアプローチのほか、興味のある演目から入るという方法もありそうです。
 「時そば」なら知ってる、「饅頭こわい」なら知ってる、など興味のある演目がある場合などは、そこから攻めてみるのもいいかもしれません。
 その場合も、上の名人たちの音源が見つかるなら、そちらを聴いたほうが間違いないと思います。  
  
  
 

 

宇垣美里アナコスプレを語る

 -上はサンデージャポン公式Twitter

宇垣美里アナコスプレを語る

 2018年8月14日、ラジオ番組「アフター6ジャンクション」(TBSラジオ)に出演したTBSの宇垣美里アナウンサー(27歳)が、「バズってるぅー」と声を上げました。

 これは、同月12日放送の「サンデージャポン」(TBS)の取材のために訪れた「コミックマーケット94」で、「魔法少女まどか☆マギカ」の鹿目まどかのコスプレを披露し、話題となったことについて語ったものです。

 宇垣さんは、本格的なコスプレは初挑戦であったと話し、楽しかったものの、眉毛の色や装飾品の量などにもう少しこだわるべきであったとの反省も述べています。