中野剛志に学ぶ 日本経済が成長しない理由

中野剛志に学ぶ 日本経済が成長しない理由



平成の改革は新自由主義政策

 中野剛志氏は、橋本龍太郎政権以来の自民党の構造改革路線は、イギリスのマーガレット・サッチャー首相、アメリカのロナルド・レーガン大統領による新自由主義政策を手本にしたものだと解説します。

「平成の『改革』と手本となったのは、1980年代の英サッチャー政権や米レーガン政権が行った『新自由主義』の政策でした。」

「平成8(1996)年に成立した橋本龍太郎政権は行財政改革、経済構造改革、金融システム改革などの『構造改革』を掲げ、実行しました。」「その結果、日本は平成10年からデフレに突入しました。」

新自由主義政策が日本をデフレにした

 中野剛志氏は、1980年代のサッチャーやレーガンの政権時、英米両国はインフレに悩んでいたと指摘します。

 そして、新自由主義の政策は、インフレを抑制し、デフレを引き起こすための政策であり、平成10年以降の日本がデフレになったのは、新自由主義の思想に基づく構造改革によるものと解説します。

「公共投資をはじめとする財政支出の削減、消費増税、『小さな政府』を目指した行政改革、規制緩和、自由化、民営化、そしてグローバル化…。」

「これらは、いずれもインフレ対策です。『構造改革』とはインフレを退治するために、『人為的にデフレを引き起こす政策』なのです。」

「サッチャー政権やレーガン政権が試みたのは、『インフレを退治するために、人為的にデフレを引き起こす政策』でした。」

「平成日本は、デフレ対策が求められるタイミングで、『構造改革』と称するインフレ対策を実行しました。しかも、それを20年以上、続けたわけです。これでは、デフレにならないほうがおかしい。」

小泉政権下の金融緩和でデフレ脱却できなかった訳

 中野剛志氏は、小泉純一郎政権は、金融緩和というデフレ対策となる政策を行ったものの、一方で構造改革というデフレを引き起こす政策を取ったことから、デフレから脱却することができなかったと解説します。

「平成13年に成立した小泉純一郎政権は、インフレ対策の『構造改革』をさらに徹底させました。ただし、唯一、金融政策についてだけは、デフレ対策を行っていました。つまり、金融緩和です。しかし、金融政策だけデフレ対策をしても、他の政策はすべてインフレ対策なのだから、どうしようもありません。」

平成日本が経済成長できなかった理由

 中野剛志氏は、平成の日本が経済成長できなかった理由を、デフレ下においてインフレ抑制のための政策を続けたことからデフレが続いたことによるものと、解説します。

「日本政府が『デフレ下におけるインフレ対策』という愚行を続けてきたからです。それでデフレが続くようになった。だから、経済成長もしなくなった。」

中野剛志に学ぶ MMT(現代貨幣理論)①
中野剛志に学ぶ MMT(現代貨幣理論)②
中野剛志に学ぶ MMT(現代貨幣理論)③
中野剛志に学ぶ MMT(現代貨幣理論)④
中野剛志に学ぶ 日本経済が成長しない理由
中野剛志に学ぶ デフレは労働者を苦しめる
中野剛志に学ぶ デフレを脱却する方法
中野剛志に学ぶ 新自由主義の問題点
中野剛志に学ぶお金の仕組み(通貨と経済成長)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です